「やりたいことをやったほうがいい」と

「人と同じでなくていい」と

思っています。

 

「思っている」と「できる」は違う。

 

「思って」いても

「できる」かどうかは

また別の話。

 

「人と違ってもやりたいことをやったほうがいい」と

思っていますが

 

娘ちゃんが「これかぶって保育園行きたい」と

うさぎのもこもこした帽子を持ってきて言えば

「ダメだよ」と言ってしまう。

 

娘ちゃんの保育園は

みんな同じ体育着で登園する。

 

 

 

「なんで?」と聞かれると

「お友達から貸してとか言われて

ケンカになっちゃうよ」と言ってしまう。

 

「貸してあげるよ」と言われても

「その場になったらちょっと待っててとか言って

ケンカになるに決まってる」と思ってしまう。

 

 

 

「んー、ダメだよ。みんな持ってこないのに」と言ってしまう。

 

 

 

こういうのって

「人と違うのはいけないんだ」と

娘ちゃんに思われるかもしれないな。

 

「人と違ってもやりたいことはやったほうがいい」て

思ってるけど

実際には

「人と違うからダメ」ってなってる。

 

 

「ケンカしないように」と。

 

 

親の私は「友達とケンカしないように」と思ってるけど

ケンカしたら保育士さんは大変だと思うけど

先回りしてリスクを除いてあげて

「他と違う」を取り除こうとする。

 

 

はて

 

 

 

ケンカしないように。が重要か。

 

「こういうことすると

こうなる」

「娘ちゃんの体験」を奪ってしまってやしないか。

 

本当に貸してあげるかもしれない。

それでもケンカになっちゃうかもしれない。

 

 

 

それでも

本人が体験したことによって知るラインの重要性って

あるよね。

 

 

 

 

「成長」を望むはずなのに

「危険」を先に取り除いてしまうと

「成長」という観点からは

そっちのほうが危険かもしれない。

 

 

望むのは「成長」だったはず。

 

「成長」を望むけど

「リスク」を取り除くことばっかりしていては。

 

娘ちゃんの「成長」に良くないかもな。

 

 

「ルール」も大事だけど

 

「なんで大事か?」を知らないと

「ルールを守るためのルール」に従順になってしまう。

 

 

考えずに従ってしまう。

 

 

 

「自分で考える」をしてほしい。

 

 

 

 

てなわけで

 

 

 

いってらっしゃい。

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ケンカになるかも。

「みんなと違う」と保育士さんに迷惑だ。

十中八九ケンカになるから。

 

 

子供の服装でマウンティングを図る

モンスターペアレントと何が違う?

 

 

 

まぁ、娘ちゃんが「体験すること」。

 

 

保育士さんには迷惑かけるけど

すでに給料以上の働きをしてくれてるであろう

保育士さんに、さらに負担になっちゃうけど

「娘ちゃんの体験」を優先する。

 

 

保育園は「リスクに会わせず過ごす場所」ではなく

「安全に失敗を学べる場所」としての機能を望むから。

 

 

 

保育士さんには

本当に迷惑かけるけど。

 

 

ファッションを、楽しむ娘ちゃん。

それでケンカしたりする娘ちゃん。

 

「ケンカになるから

もううさぎさんの帽子はかぶってかない」って

なっちゃうかもだけど。

 

経験して「自分で決めた」なら

この先も

「誰かに選んでもらう」ではなく

「自分で選ぶ」につながりそう。

 

 

 

 

つながらないかもな。
 

「好きな服装はケンカになるから

ファッションは楽しまない」になっちゃうかも。

 
 
 
 
「誰かに選んでもらった方がいい」ってなっちゃうかも。
 
 
「誰かの判断を、待つ」になっちゃうかも。
 
 
 

それでも

「娘の人生」であって

「私の人生」ではない。

 

 

 

過干渉は、やめとこ。

 

 

 

 

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