どうも、呉屋です。

 

ザ・電撃パンクゾンビーズ

呉屋です。

 

 

私は「ザ・ブルーハーツ」が大好きです。

車の中で聴いています。

爆音で聴いています。

初めてベースで覚えた曲は

「リンダリンダ」でした。

 

img_9096.jpeg

ザ・ブルーハーツから

僕が受け取ったメッセージ。

 

 

「誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない

自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか」

(「ロクデナシ」)

 

 

「誰かのルールはいらない 誰かのモラルはいらない

学校もジュクもいらない 真実を握りしめたい」

(「未来は僕らの手の中」)

 

 

「生まれたところや皮膚や目の色で

いったいこの僕の何がわかるというのだろう」

(「青空」)

 

 

 

他にもたーくさん。

たくさんたくさん。

 

 

たくさんありすぎるんだけど

無理やり一言で言うと

「自分を生きる」ってこと。

 

「自分の好き嫌いに忠実に」ってこと。

 

「誰かの価値観ではなく自分の価値観で

熱中して生きると楽しいよ」ってこと。

 

一言じゃないね。

 

でもまぁ

そんな感じ。

 

 

まんまと

「ブルーハーツチルドレン」になった。

「ブルーハーツの価値観」で生きてた。

 

「ブルーハーツ」は

「それはわしらの価値観でお前の価値観ではねぇぞ」と

思ったのかもしれない。

 

思ったかどうかはわからないけど

自分は勝手に

「自分の価値観で生きろ」という

メッセージを受け取った。

 

勝手に。

 

「自分の価値観で生きろ」という

「ブルーハーツの価値観」を借りて

生きた。

 

 

なんたこった。

 

 

 

「青春パンクブーム」ってのがあった。

彼らは総じて

「ブルーハーツチルドレン」と言われた。

ストレートな歌詞にキャッチーなメロディ。

 

初期の頃は「僕ら」という言葉が好んで使われた。

 

 

 

 

 

群れてるじゃん。

それは

「自分の価値」じゃなく

「僕ら」っていうコミュニティの価値じゃん。

 

 

「自分の価値」じゃない。

 

 

なんてこった。

 

 

 

ブルーハーツからは

「自分を生きる」ってメッセージを受け取った。

 

「自分を生きる」ってのは

「賛同すること」じゃなかった。

 

 

 

「自分を生きる」ってのは

「革命」を起こさなきゃいけなかった。

 

 

 

「自分を生きる」には

大好きな

「ザ・ブルーハーツ」を

「否定すること」から

始めなきゃいけなかった。

 

 

 

なぜなら

最初から

「賛同した」ところで

それは

「ブルーハーツの価値観」だったんだ。

 

 

ブルーハーツから受け取った

「自分を生きる」ってのからは

一番ほど遠かったんだ。

 

 

大好きなブルーハーツを

否定することで

見えてくるモノがある。

 

 

それは

「ここは違うなって部分」と

「本当に好きな部分」。

 

ブルーハーツの発信内容と

100パーセント全部一致なんて

ありえない。

 

人なんだから。

絶対にどこか違う。

「全く同じ価値観」なんてありえない。

 

「否定すること」で見えてくるのは

 

 

「ここは違う部分」と

「どこが好きになったのか」って部分。

 

その「差異」こそ

「自分の価値」なんじゃなかろうか。

 

 

賛同では見えない。

好きだから。

否定なんてしたくないから。

 

 

でも

それは

「自分を生きる」にならない。

 

 

 

 

大好きなブルーハーツの「否定」。

 

それこそ

 

ブルーハーツの発信したことを

真摯に受け止めた結果なんじゃなかろうか。

 

 

ザ・ブルーハーツがやって欲しかったのは

「パンク」なんだ。

 

後に続く「流行」じゃない。

 

 

 

 

 

さて

「ザ・ブルーハーツ」の否定をしてみる。

 

 

 

それは

「学校もジュクも必要だ」ってこと。

なぜなら

「マーケティング」を子供達には教える必要が有る。

 

「マーケティング」は

「価値を伝える」ってこと。

 

「答え合わせ」はいらない。

「それはどこの誰にどういう風に役立つのか」が

必要だから。

 

「価値を伝える」ってことを

教えると

「自分に価値がある」ってことが分かるから。

絶対にある。

どっかの誰かには必要とされる。

 

それが「商売として成り立つか」は

「数」や「高いファン度」が

必要になってくるけど。

 

でも

「マーケティング」を学べば

「自分に価値がある」って実感する。

 

自己重要感が増す。

自己肯定感が増す。

自殺者は減るし

アクティブな思考回路が生まれるし

国力は上がるよ。

 

 

だから

 

「学校もジュクもいる」し。

 

 

「生まれた所や皮膚や目の色で

いったいこの僕のなにがわかるというのだろう」と

思うのなら

憂いてるだけでなく

思い知らせてやればよかったんだ。

マーケティングで。

 

 

「誰かのサイズに合わせて

自分を変えることはない

自分を殺すことはない

ありのままでいいじゃないか」

 

サイズに合わせないためには

自分を殺さないためには

ありのままでいるには

「なにもしない」ってことじゃない。

 

「お前なんかどっちにしろ

いてもいなくても同じ

そんなこと言う世界なら

ボクはケリを入れてやるよ」

なんて。

言われて

ケリを入れてくれるのを

待ってちゃいけない。

 

自分で入れるんだよ。

ケリは。

マーケティングで。

 

自分でケリを入れるんだ。

「自分でいるために行動する」のが

必要なんだ。

その行動は

「基準に置くのは自分の好き嫌いのみ」でやるべき。

どのレベルまで行動に移すかは

あなたのやりたいことに合わせて

行動に移したらいい。

 

動的平衡っていうんですかね。

世の中は変化してる。

「変わらないでいるために

変わること」が必要なんですよ。

 

マーケティングが必要だ。

 

 

 

「僕らの手の中にある未来」なんて要らない。

 

 

疑うことから

「革命」は始まる。

 

 

権力者たちは

「当たり前」を

「作り上げる」。

 

 

疑うんだ。

自分で考えるんだ。

 

全てはそこからだ。

 

「自分で考える」。

 

 

 

 

 

そしてあなたは

この記事を

「鵜呑みにするな」。

 

 

話は変わって。

「自分の恋人」に

「それはあなたの自己満だよ」と言われた場合

「それはイタイからやめたほうがいい」と言われた場合

どんな感情が生まれますか?

 

その感情について書きました。

16日の午後10時30分に届きます。

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