やぁ、ザ・電撃パンクゾンビーズ 呉屋だよ。

 

仕事ってのは「人の役に立つこと」で

「人の役に立つ回数×人の役に立つ質」で

「どれだけ必要とされるか」度数が決まる。

 

 

んで

「どれだけ必要とされるか」度数が高ければ高いほど

「価値の高い仕事」ってこと。

 

 

「価値が高い仕事」はたくさんの人に必要とされる。

 

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「将来」とか「仕事」とか「進路」について考える時には

「自分が価値の高い仕事をするためにはどうしていくか」を考えたほうがいい。

 

「価値の高い仕事」の中の

「回数」を増やすにも色々ある。

 

「よりたくさんの人を相手にする」とか

もし相手にできる人数が限られてるなら
「同じ人数でも繰り返し使ってもらう」とか。

 

「よりたくさんの人を相手にする」には

「よりたくさんのコミュニケーションの手段を使えるようになる」のはとてもいいこと。

 

英語でも手話でも点字でも。

絵でも写真でもダンスでも。

ゲームでも動画でもパフォーマンスでも。

 

より多くの人とコミュニケーション取れそうな手段を増やすってのはとてもいいことだよ。

 

「進路」や「仕事」について考える時には

「自分が価値の高い仕事をするにはどうするか」を考えるのが必要。

 

 

 

そして「どんなことが人の役に立つのか」はわからない。

 

 

ピコ太郎なんて「意味はない」けど「必要とされる」。

「なんか面白い」から。

英語を使ってより多くの人に見られたから世界レベル。

ネット配信だから一度により多くの人に見せることができるし。

失敗したとしても、経験は増える。

経験は選択肢を増やす要因になる。

それは「できることが増える」ってこと。

 

 

 

「より多くの回数やってみること」が大事かな。

「そんなの成功するわけない」とか言われても関係ないね。

経験は増えるんだから。

とりあえずやってみるのが大事かな。

 

 

あと

「偏差値の高い大学に行くこと」は

「人の役に立てるかどうか」と実はあんまり関係ない。

 

 

オトナには「いい会社に入るためにはいい学校に行くことが必要」と思ってて

それを軸に考えて将来の相談についてのアドバイスをする事もある。

 

 

 

「いい会社に入れる」の

「いい会社」って何?

 

 

「いい給料がもらえて安定してて楽ができる」って事かもしれない。

 

 

その「いい仕事」さ。

「どうやって人の役に立つのか」ってのがすっぽり抜け落ちてやしないかい?

 

 

「あの企業に入れば」とか

「公務員になれば」とかさ。

そう言われるかもしれない。

 

それは「そこに入れさえすれば」って考えだ。

どんな大企業でも公務員でも

そこで「何か人の役に立つ事をする」ってことの方が大切なのに。

 

 

「そこに入りさえすれば」って考えは危険だよ。

「考える」ってことを必要としないから。

 

「これさえやってれば」ってのは

「どうやったら人の役に立つか」って「考える」ことをしなくなる。

 

 

「言われたことをやってるだけ」だと

価値の高い仕事には繋がりにくい。

 

 

そしてそれは残念ながら

「いい給料もらって楽して安定」とは程遠い。

 

もし大企業に入れたとしても

公務員になれたとしても

「言われたことをやってるだけ」の人は必要とされにくい。

 

価値の高い仕事はできない。

 

いい給料もらえんよ。

 

 

あと公務員はクビはないけどラクじゃない。

ブラックよ。それでもやりたいかどうかは考えないと。

入った後に「こんなはずじゃなかった」ってなるからね。

仕事キツくて。

 

 

 

 

自分は何ができるか

何がしたいか

何が好きで何が嫌いか

 

んで

「とにかく多くの回数やってみる」をしよう。

「マンガ読む」でもいい。「踊りまくる」でもいい。

人から見て意味わからんことでもいい。

いろんな人がいていい。

いろんなカタチがあっていい。

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将来について考える時、この本読んでみて。超参考になるから。

 

 

 

 

ロックンロールが鳴ってるよ。

 

 

爆音で鳴ってる。

 

 

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