やぁ、ザ・電撃パンクゾンビーズ 呉屋っす。



「武器で失われた命」って「原因と結果」がすごくわかりやすい。



けど「武器で失われずに住んだ命」って「原因と結果」がすごくわかりにくいよね。





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例えば強盗が狙う家として「武器のある家」って狙われにくい気がする。
でも「狙われなかった結果の原因」として「武器があったからか」って決定づけるのは難しい気がする。



「裕福度」、「家に現金があったかどうか」、「家の構造を知っていたか」
家の人の行動パターンを知っていたか、、、とか色んな原因が出てくる。



たまたま「別の家を狙う理由」が強かっただけかも。


「わかりにくい」んだよね。



「武器があったから守られた命かどうか」って。





とか、こんな風に考える事ができる。



でも武器で失われた命は「武器のせいで死んだ」って
原因と結果がすごくわかりやすい。




「わかりやすい」と「わかりにくい」






「わかりやすい」に「明確な解決方法」を提示されると
人は安心する。



「武器があるから人は死ぬ。武器をなくそう」


単純明快。すごくわかりやすい。






でも例えばめちゃくちゃ水産物とか農作物が豊富に取れる国と
食料資源に乏しい国があったとして。



どちらも武器は持ってない。

食料資源に豊富な国からの輸入で
乏しい国は成り立ってる。


「豊富に取れる国」が「乏しい国」に対して
「言うことを聞かないと輸出をストップする」って言ったら?



実際にストップされたら?


飢饉で多くの命が失われる。





でも乏しい国が武器を持ってたら?

「輸出してくれないと武器を使って攻撃する」って言ったら?



豊かな国は武器が怖くて乏しい国への輸出はストップせず
多くの命が失われずに済んでるんだとしたら?






別に武器による交渉を推奨するわけじゃないけど。

武器によって失われずに済む命ってめっちゃわかりにくいけど
ありそう。だな。とは思ったよ。





正解はないと思う。




全部を解決する魔法みたいな一手って無いと思う。



何かを犠牲にしなきゃいけないけど
「何を犠牲にするか」ってハッキリ言わない(言えない)から。






でもきっと、何かを犠牲にしてる。



「これで全部が解決する」って思うよりは
「これを選んだとき犠牲になるものってなんだろう」って考えて
選ぶほうが、ちゃんと納得度高い気がする。




何かを選ぶ時に、考えたいこと。



「これを選んだ時に犠牲になるものってなんだろう」。








テレビショッピングとか「これですべてが解決する」って電話する前にも。ね。

キラメイチェンジャーをプレゼントすることにより
「息子の喜ぶ顔」を得て
「キ!!ラ!!メーイ!!!!」ってずっと鳴らされることになって「静寂」を犠牲にしました。



う、うるさい。音量でけぇ。









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ロックンロールが鳴ってるよ。




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