やぁ、ザ・電撃パンクゾンビーズ 呉屋だよ。

 

「手段」と「目的」が逆になってる事って結構ある。

 

↓こないだのブログでも書いたけどさ。

なぜ学校で髪型の「ツーブロック」や「グラデーション」が禁止なのか現役教師に聞いてみた。

 

 

「教育の目的」は「より良い未来を選ぶため」で

そのための「一つの手段」としての「髪型の規定」なはずなのに

「髪型の規定を守る事」が「目的」になってしまっているから

「ツーブロックという髪型」を問題視するようになるっていう。

 

 

そして話の軸が「ツーブロックは華美かどうか」になる。

 

本当は「ツーブロックは華美かどうか」じゃなくて

「生徒がより良い未来を選べるようになるにはどうしたらいいか」を軸にして話合われるべきかなと。

 

 

「ツーブロック」であっても「より良い未来を選ぶことができる」なら

「目的」は達成できるから問題ではないのかなと。

 

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最近思うのが、沖縄の基地問題も

「手段」と「目的」が逆になってる気がする。

 

 

「一人一人の幸せのため」が「目的」で

「基地を移動や有無」はその「目的」のための「手段」の一つ。

 

でも最近は

「基地の移動や有無」という「手段」を軸にして話が進んでる気がする。

 

「普天間から基地を移動させる」派は「辺野古に基地を作る事」が「目的」じゃないし

「基地を沖縄・日本に作らせない」派も「基地を作らせない事」が「目的」じゃない。

 

どっちも「手段の一つ」だ。

 

「目的」は沖縄県民全員、「一人一人の幸せのため」のはずだ。

「目的」はみんな同じなんだ。

 

でも

「基地の移動や有無」っていう「手段」に固執してる気がする。どっちも。

「手段」が「目的」になっていまっている気が。

 

「基地を移動させる事」が「目的」になってしまっている気がするし

「基地を作らせない事」が「目的」になってしまっている気がする。

 

 

だから変に対立する。

怒った顔で。悲しんだ顔で。

 

 

 

ここからは少し話がずれるね。

 

 

戦争は絶対ダメ。誰がなんと言おうと。絶対にダメ。

 

 

でも個人的には

「基地」=「戦争」や

「米軍基地」=「悪」ってのは違和感がある。

 

 

例えば

警察は「人を攻撃する訓練」をする。

銃を持ってるし撃つ事もある。射撃訓練もする。

 

でもそれは「治安のため」であって

「人を攻撃する事」を「目的」としているわけじゃない。

 

「武力」が必ずしも「戦争を目的としたもの」ではない。

 

 

でも沖縄県民の感情的には

「米軍は悪、基地は戦争」という感情がある。

 

ここも少し変で。

「基地」は「戦争」が「目的」ではない。

 

あと

米軍関係の人が起こした事件や事故はたくさんあるけど

それは米軍が意図的にやった事じゃない。

事件を起こした人の悪意や不注意だ。

 

 

殺人事件も暴行事件も、絶対あってはならないけど

米軍が指示したわけじゃない。

 

 

例えば
飲酒運転した会社員に罪はあっても
その人が所属する会社の責任ではない。

 

 

空から部品が落ちてきたり

オスプレイが落ちてくるのは本当に再発防止しなきゃいけんけどさ。

真夜中の騒音とか止めてほしいけどさ。

 

でも

無駄な偏見はなくていいと思う。

若き米兵が見守る通学路 「飛ばす車が減った」 地域から感謝の声 沖縄・北谷町

こういう報道をもっとたくさんして欲しい。個人的には。

 

 

「米軍」は「悪の組織」じゃないし

「基地」は「戦争を目的としたもの」ではない。

 

 

話逸れたね。

戻すね。

 

「基地を移動」派も

「基地を作らせない」派も

「目的」は「一人一人の幸せのため」。

 

「目的」は同じはず。

 

その「目的」を達成するための「手段」が違うだけ。

ケンカやいがみ合う必要は全くない。

 

でも現状はいがみ合ったり
ケンカしているように見える。

 

そこで、だ。

 

 

「目的は同じ」ってことを「共有すること」が必要だと思うんだよ、今。

一旦。原点に戻るというか。

 

 

戦争を経験したおじいおばあが望んだのは

「子や孫の明るい未来」っていう「願い」なはずだ。

 

「基地」を軸にした「対立」なんていう
「呪い」なはずがない。

 

 

その「願い」や「目的」は

「一人一人が幸せになること」なはずだ。

 

そこをさ。共有しようぜ。

 

 

そうだな。

 

 

例えばロックフェスとかでさ。

 

米軍基地内でやるの。

基地内での祭りはイベントとしてあるし

ステージもあるから可能だと思う。

 

 

 

出演はまず、クイーン。

 

 

想像なんだ。

どんな大物でもいいでしょ?

クイーンのギタリスト、ブライアン・メイさんも協力呼び掛け 県民投票までの名護市辺野古埋め立て工事の中止を求めるホワイトハウス請願署名

 

 

署名に呼びかけてんだ。クイーンのギタリスト。

それを米軍基地でやるロックフェスで呼びかけてもいいと思う。

米軍の中にも新基地建設は反対の人もいるかもだし。

呼びかけで「考える」ことが増えるだろうし。

 

 

そうだな。

ローラさんにも出演してもらってもいいかもしれない。

ウーマンラッシュアワーの漫才を披露したっていい。

盛り上がると思う。

 

 

 

もちろん「辺野古への基地反対運動としてのロックフェス」ってわけじゃない。

 

反対派も移動派もそういう「軸」をこの日はとっぱらって

「目的を共有する」ってのが目的な。

 

だからこその出演ラインナップ。あえての。

 

 

「戦争はダメ」ってのは同じだと思うし。

戦争に勝ったアメリカと負けた日本がある沖縄でやるの。

勝った国と負けた国がどっちも揃って「戦争は絶対ダメ」っていう事のメッセージは強いと思う。

 

 

 

 

そのロックフェスではさ、みんな一人一人幸せになんの。

 

 

 

例えば

クイーンの「ウィーウィルロックユー」なんかを

移動派も反対派もどっちとも言えない人も

何も考えてない人も、「みんな」で歌えたらさ。

いいよね。

 

 

 

盛り上がるんだ。「みんな」で。

幸せになるんだ。

「一人一人」が。

 

 

 

モンパチの「あなたに」とかさ。

みんなで大合唱したりさ。

 

 

BEGINに歌ってもらうのさ。

「あっり乾杯!」って。

 

 

オリオンビールとバドワイザーで。

 

 

 

そしてクイーン呼んでおいてなんだけど

大トリはクイーンではない。

 

 

 

 

大トリは

DA PUMP。

 

 

曲はもちろん「U.S.A」

 

 

沖縄出身アーティストが歌う

「カモンベイビーアメリカ」。

 

 

子ども達も大好きさ。

 

 

ピッタリだと思わない?

 

 

 

「カーモンベイビーアメリカー!」って

踊ってる子どもたちや大人たち。

 

 

 

沖縄の人もアメリカの人も

ハーフ(今は「ダブル」って言うんだっけ?)も

内地の人も日本やアメリカ以外の国の人もさ。

 

 

基地移動派も反対派も。

 

そこではいがみ合ってない。

マウント取り合わない。

 

 

 

ギターソロを入れて玉城デニー知事が弾いたっていい。

知事のギターで「みんな」が踊るのさ。

 

 

笑顔でさ。

 

 

 

みんなでさ。

踊るんだ。

 

 

 

国や手段が違っても

 

 

大人も子どもも

 

 

先生も生徒もみんなみんな

 

 

 

 

 

 

みんな

 

 

 

笑顔で

 

 

 

 

歌ったり

 

 

 

 

踊ったりしてる

 

 

 

 

 

幸せな

 

 

その風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでの

 

 

 

あなたの

 

 

 

全てが

 

 

 

 

ここで

 

 

 

報われました。

 

 

 

 

「これまでの、あなたの、全てが、今、ここで、報われました」

 

 

 

 

 

 

そこには、怒りも対立もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これまでの、あなたの、全てが、今、ここで、報われました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲くはずのない花」の話をしてるかな?

 

 

 

 

 

でもさ

そんな花が咲いたらいいなって、おれは思う。

 

「目的は同じなんだ。みんな、幸せでいいんだ」って共有できると思う。

 

 

 

 

「咲くはずのない花」の話をしてるかな?

 

 

 

 

怒りに囚われたまんまじゃなくてさ。

 

「今ある物事」を「受け止めて」

「進む」んだ。

 

 

「右」見て

「左」見たらさ。

 

手ぇあげて、「前」に進もうぜ。

 

 

 

 

みんな呼んで、「観光資源」にしちまおうぜ。

 

 

 

それが

おれの

「琉球の心」かな。

 

 

 

 

「愛でぬりつぶ」すんだぜ。

 

「グチってばっかいねぇ」で

こうやって発信する。

 

それがおれの「パンクロック」かな。

 

 

 

誰も、誰かの事を悲しませたくはない。

誰も、「誰かの涙を見たい」なんて思ってない。

 

 

ただ、ひとりひとり、みんなの幸せを願うんだよ。

 

 

 

 

 

 

対立してた相手に

意見の違う相手に

 

「怒りの顔」を見せてた相手に

 

 

「笑った顔」を見せるのは恥ずかしいかもしれないね。

 

 

 

 

いきなりは難しいかもしれない。

顔をほぐせないかも。

 

 

 

「反対の意見の人」と

いきなりは踊れないかも。

 

 

 

でもほんとは

反対の意見の人も好きになっていい。

「手段」が違うだけだ。

 

 

 

 

そんな相手と心の声をつなぐのは

とても怖いモノかもしれない。

 

 

 

 

でも

 

 

踊っていい。

 

 

笑っていい。

 

 

つながっていい。

 

 

 

ひとつんなっていいんだよ。

 

 

 

 

 

ていうか元々一つだ。

目的はどっちも誰も同じだ。

 

元に戻るだけだ。

 

 

 

 

 

 

対立してた過去なら

捨ててしまおう。

そんな過去は。

 

 

 

一緒に笑おう。

 

一緒に踊ろう。

 

一緒に歌おう。

 

一緒に。

 

 

 

 

 

「咲くはずのない花」の話をしてるかな。

 

 

 

でも

怒りや悲しみのまんまはいやだな。

 

 

子どもたちには

怒りや悲しみより

笑顔を見せたいな。

 

 

 

 

悲しみで花が咲くものか!

 

 

 

新しい日々の僕達は 高なる予感がしてるのさ

君と僕が夢を叫ぶ世界はそれを待っているんだぜ

あなたのために歌うのが

これ程怖いモノだとは

だけど僕等確かめ合う

今までの過去なんてなかったかのように

悲しみの夜なんてなかったかのように

歌い出すんだぜ

 

 

 

 

「世界は

 

それを

 

愛と呼ぶんだぜ」

 

(サンボマスター「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」より引用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これまでの、あなたの、全てが、今、ここで、報われました」

 

 

 

そんな風景を目にすることを想像した時に

 

 

胸に、じんわりと、あったかいモノがあるんだ。

 

 

 

 

 

 

世界はそれを

愛と呼ぶんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

そうやって「目的を共有した」あとにする

「手段」の話し合いって、いがみ合わないと思う。

 

 

今よりは

怒りや悲しみでの「対立」はしないと思うんだ。

 

 

「対立」ではなく

「より良い未来のためにどうするか」っていう「協力」になると思うんだ。

踊ろうぜ。

 

カーモンベイビー!!!!ひゃっふー!!!!

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ありがとう、サンボマスター。

そして余談だけど、この流れでこの曲演奏したら爆盛り上がり確定じゃんね。最初に曲名言うだけで。
曲の良し悪しもあるけど、ライブでは演奏前のフリが超重要よ。

マーケティング的にいうと「この曲を欲しいと思ってもらう」ってやつ。

歌う(っていう商品の)その先に「幸せ」がある。

「歌うこと」で「幸せ」が手に入るようにする。

そんな感じで。

 

 

 

ロックンロールが鳴ってるよ。

爆音で鳴ってる。

 

 

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