さて。
 
 
 
「走り屋」でも

「プロゴルファー」でも。

なんでもいいんだけれど。
 
 
 
 
もし

「やりたい事」が

見つかったらさ。
 
 
 
 
とりあえず

それを

やりこむ事を勧めます。
 
 
 
 
「仕事になるかどうか」は

その後。
 
 
 
 
 
大事なのは

「できない事」が「できるようになる」のを

「自分が決めた土台」の上で

経験する事。
 
だと思う。

経験上。
 
 
 
 
「土台」は、なんでもいいんだ。

「音楽」でもいいし

「マンガ」でもいい

「看護」でもいい

「勉強」でもいい。
 
 
 
 

大事なのは、

「自分で決めたかどうか」ってこと。
 
 
 
 

もし

「やらされてる」なら

「音楽」でも

「マンガ」でも

「看護」でも

「勉強」でも

その上で

「できない事」が「できるようになって」も

あんまり意味ない。
 
 
 
 
 
 
「自信」にはつがりにくい。

「自己肯定感」ってやつ。
 
 
 
 
 
むしろ

どこか「足りなさ」が増す。
 
 
 
 
 
「足りなさ」には

「いい足りなさ」と

「悪い足りなさ」があって。
 
 
 
 
 

「自分で決めたかどうか」は

「いい足りなさ」と

「悪い足りなさ」

どっちになるかに関わる。
 
 
 
 
 
ちなみに

「いい足りなさ」は

「何の為に足りないか」って

わかるやつ。

「足りないもの」が

「手段」であることが

わかってるやつ。
 
 
 
 
 
 
 
「悪い足りなさ」は

「これさえあれば大丈夫」だと思っちゃうやつ。

「足りないもの」自体が

「目的」になっちゃってるやつ。
 
 
 
 
 
 

例えば

「あの仕事に就けば」とか

「あの大学に受かれば」とか。

そういうやつ。
 
 
 

それの何が「悪い」かって

「手に入れられない」と

「自分ってダメだ」って思っちゃうし

「手に入れて」も

「良し悪し」に「自分の基準」が

入らなくなっちゃうんだよ。
 
 
 
 
 
 
 

例えば
 
 
 
 
自分は

琉球大学に一浪で合格した。

沖縄では最難関な大学。

それは

「悪い足りなさ」だった。

「あの大学に合格さえすれば」と

思ってた。
 
 
 
 
 

「合格」自体が「目的」になっちゃってたんだ。
  
 
 
 
そして

「手に入れた」んだ。

そしたらさ

合格した時は嬉しかったけど

そのあとは

どうしていいかわからなくなった。

目的が無くなったんだ。
 
 
 
 
 

「燃え尽き症候群」って言われるやつかもね。

「目的は達成した」から。
 
 
 
 
 
授業に行く意味も

卒業する意味も

なんだかよくわからなくなっちゃって

頑張れなくなった。
 
 
 
 
 
 
大学に入った後は

次の目的地を

提示してくれる人が

いなかったんだ。
 
 
 
 
 
高校の時は

「とりあえず大学行きな」だったんだけど。

「大学行っても 
 幸せが手に入るわけじゃない」だったんだ。

そして

「卒業後は何したいか 
自分で考えて決めろ」って言われる。
 
 
 
 
 
考えてこなかった自分は

何の為の授業なのか

何の為の卒業なのか

全然わからなくなっちゃったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
おかしいよね。

「あの大学さえ入れば幸せが手に入る」と

思ったんだけど。
 
 
 
 
 
 
 
目的を果たしたら

「何をしたらいいかわからなくなっちゃう」んだ。
 
 
 
 
だからね
 
 
 
 
 
まずさ

「自分で考えて決める」をして

その上で「できない事」が
 
「できるようになる」を経験したら

良いと思う。
 
 
 
 
それを手に入れればさ。

割と楽しいよ。
 
 
 
 
どんな「できない事」に直面しても

「もしかしたら出来るようになるかも」って

考える事ができるようになるから。
 
 
 
 
そして

「いい足りなさ」になる。

「足りない」のは「手段」だって

わかる。
 
 
 
 

「足りない」時でも

「自分自体がダメで価値がない」とは

思わない。
 
 
 
 
 
例えば

自分はバンドしてた時には

「目的」はふたつ。

自分が爆発するのが楽しい(自己満)なのと

「なんかすごいと思われたい」だった。

「うわー!なんかすげー!」って

自分を見て思って

なんか「あぁ、こんなことしてもいいんだ」って

観た人が

パワーが出て

観た人の価値観を揺らして

選択肢を増やせる事が出来ればと

思ったんだ。(人のためになるとこ)
 
 
 
 

自分は

演奏がそんなに上手じゃなかった。
 
 
 
 
 
でも

「価値観を揺らす」には

「手段」は演奏だけじゃない。

って気づいてさ。
 
 
 
 
 
おもしろい曲作ったり

裸で演奏したり
 
 
 
 
 
価値観を、揺らすには
 
 
ヴィレッジヴァンガードで働いたり

ブログ書いたりしてる。
 
 
 
 
 
 そして
全部「手段」だって知ってる。
 
 
 
 
 
 
もしも

一度で価値観が揺らせなくても

「じゃあ次はこうしてみよう」って

思えるんだ。
 
 
 
 
 
 

「自分で考えて決めた」ことで

「できないこと」が

「できる」ようになったから。

「あの大学に行けば」

「あの会社入れば」

そんなの

ぶっ壊したいのさ。

君を苦しめてしまう「足りなさ」なんて。
 
 
 
 
それを

「ロックンロール」と呼んでるんだよ。